社会全体がケアを担うこれからの時代に、「ケアの建築」の必要性を示す

井澤 幸 准教授

生活環境デザイン学科

人々が日常で多くの時間を過ごす住まいや空間の過ごしやすさは、人々の心の豊かさにも直結します。建築と福祉という異分野からの双方向のアプローチで辿り着いた「ケアの建築」を専門に研究する井澤先生に、これからの時代に必要な建築についてお話を聞きました。

福祉を学び直して見えてきた、建築と人とがつながる場所

昔からものづくりに関心があり、大学は工学部で建築を学びました。
大学院卒業後は建築士事務所や研究所で勤務し、個人住宅や公共施設の建築に携わるうちに、誰しもが十分な住まいや豊かな空間で過ごせるわけではない現状や、建築をつくっても、そこで過ごす人のことを十分に理解していないことで、建築が有効活用されないことのジレンマを感じていました。
「自分がやっていることは果たして人のためになっているのだろうか?人のつながりがどのように生まれるかを深く知りたい」そんな疑問から社会福祉に関心を持ち、博士課程に入って社会福祉を学び直すことを決意しました。

福祉を学んでみると、私が疑問視していたことは、空間を整えることによって解決できることもあると感じたため、また建築の世界へと戻ってきました。以来、建築・インテリア計画の中でも「居住福祉」とりわけ最近はケアの社会化を担う空間となる「ケアの建築」の空間デザインを専門にしています。

私が主に取り組んでいる、ケアの建築とは、出産前後の母親がケアされる場や、学童保育所・放課後等デイサービス、就労支援施設に代表されるような、家庭と学校以外の子育ての場、障がい者の働く場などを指します。
これらのケアの建築は、これまで家庭内で主に女性が担ってきた役割を、核家族化や女性の社会進出といった時代の変化により、家族が家庭内だけでケアするのではなく、社会全体で担う必要性から生まれたものです。

これらをデザインする際、ケアの建築はもともと家庭内の生活行為の場であるため、生活者の視点を持ち、ケアを担う当事者となっていた女性の果たす役割はとても大きいものがあります。
女子大というフィールドでこれらの研究や設計活動をすることは、学生が将来、担う可能性のあるケアについて、当事者と関わり、深く考えることにつながります。また、空間をデザインすることでケアの建築を少しでも豊かなものにする体験を通して、空間デザインの力を学生に感じてもらいたいと考えています。

良い物をつくり、良い発想を養うには良い環境が不可欠

私が携わったケアの建築のひとつに、実際に私の子どもが通っていた学童保育所があります。子どもがその日の気分に応じて、過ごせる場所をつくりたいと、木製のスリット状の壁を複数建てて、狭い場所や広い場所をつくり、部屋の中央には読書やカードゲームがができる畳敷きの小上がりを設けました。
子どもたちが広い場所で飛び跳ねたり、小上がりで寝転がって本を読んだり、思い思い好きな場所で好きな時間を過ごしているのを見た時は、子ども時代こそ良い空間で過ごしてほしいと強く思いました。

今でこそ、良い空間の保育・教育施設が増えてきましたが、これまで、効率や経済性を重視するあまり、子どもの頃は貧しい空間でも我慢しなければいけないという風潮がありました。例えば、狭い教室や硬い椅子がそれにあたります。そして、大人になってやっと長時間座っていられるような座り心地の良い椅子が与えられて、快適な空間で仕事をできるようになるといった具合です。しかし、人間としての土台づくりの時期である柔軟な幼少期にこそ、豊かな環境が与えられるべきだと思っています。

私は、良いものをつくるためには、良い空間を経験していることが重要だと思っているので、経済的な事情に関わらず幼少期は全ての子どもたちに豊かな環境が整備されるよう社会の意識が変わっていくと良いと思っています。

社会が求めるのは、先入観に捉われず自分で生き方を決める女性

現代社会において、自身で生き方を決めていこうとする女性が求められていると感じています。
日本のジェンダー・ギャップ指数は諸外国と比べて低く、政治や社会の仕組みを変えていくことはもちろん大切なのですが、ただそれ以上に個人が自身の生き方を人任せにしないで真剣に考える必要があります。
「女性だからこういった仕事が向いている」とか、「女性だからこのくらいで大丈夫」といった先入観をまず取り払い、自分がこの先どう生きたいかを幅広い視野で思い悩むことが重要です。

そして、女性がこの先の人生を考える上で、椙山女学園大学は最適な環境だと感じています。
女子大においてはどんな役割も女性が務めるため、これまで皆さんが経験してきた役割について、単純に回ってくる打席数が多いのです。遠慮しがちな学生であっても、気がのらなくてもバッターボックスに入る出番はまわってくるのです。そうすると「自分にはリーダーは向いていないと思っていたけれど、実際にはやってみたらうまくいった」というような成功体験を得て、これまで気づかなかった新しい一面を発見することができるのです。そして、何よりも「リーダー=男性の役割」といった先入観から解放されることが大きなメリットになります。
学生時代にこのような環境に身を置くことで、社会に出たときに男女共学では気づけなかったようなジェンダーバイアスに対して疑問を持てるようになるのだと思います。

多様性が認められ、変化の早い現代社会では、目指す生き方も人それぞれです。
どう生きるかを自分で選択し、責任を持って歩んでいくには、選択する能力、技術力、そして意思が必要になります。それらを女子大での学びの中で身につけ、社会に出てほしいですね。

私も、建築業界で働いてから福祉を学び直したように、その時々で自分が目指す姿に応じて柔軟に生き方を変えてきました。
そして教員となり学生と接している現在、変化の激しい時代において自分の物の見方や学んできたことが「絶対的なものであるかどうか」について常に自分自身に問いかけ、不安を覚えることもあります。
この時代に生き、未来を担う学生たちにどんな姿を見せ、何を伝えられるか——。それを考えて具現化することが、次に私が目指す姿です。

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