言語を通して「人間」を学び、主体的・自覚的に物事を判断する力を

芝垣 亮介教授

英語英米学科

世界に6,000以上も存在し、コミュニケーションにおいて重要な役割を担う「言語」。今回は、自然言語としての手話やAIを活用した文字起こしアプリなど、「言語」を切り口に多様な研究を行う芝垣先生に、言語を通して「人間」を学ぶことの面白さを聞きました。

粘り強く、自分の「正解」を探し求めてほしい

マレーシアで暮らしたのをきっかけに海外文化や食べ物、そして「人間」に魅力を感じてロンドン大学に入学しました。そこで言語学の魅力に取り憑かれて以降ずっと言語学を研究し、現在は、外国語学部で理論言語学や社会言語学などを教えています。

言語は私の趣味そのもの。言葉を通して人を知り、新しい言語を学んで人と話すことが大好きです。世界には6,000以上の言語がありますが、人がどう言語を学んでどう話すのか、言語が違っても人の本質は一緒なのか……言語を通して「人間」を知ることを教えています。

学生と関わるなかで意識しているのは、自分なりの「正解」を見つける主体性を育めるような仕掛けを作ることです。

例えば「現代社会が求める女性の在り方」の「正解」は何でしょうか。Googleで検索すると公的機関の提言を筆頭に、成長分野の牽引、地域活性、持続可能性の確保といった言葉がずらっと並びます。これには「根拠」もあるようで、新設事業所で女性の雇用が多い、女性は地元志向が強いなどの数多くの理由が出てきますが、果たしてこれらは「正解」なのでしょうか。

大学で知を学ぶというのは、上記のような物の見方に対して自覚的になり、そこにあるかもしれない罠に気付き、自らの道を主体的に選び進める力を身につけることであると考えます。そして現在の社会で必要とされる女性の在り方とは、そのように批判的、かつ自覚的に、そして主体性をもって物事を判断することであると考えます。これは女性の人としての自己実現という観点においてだけでなく、閉塞感のある現代社会を打破するためにも、既存の価値観に捉われない考え方ができる女性が社会で活躍することが強く望まれるという意味でもあります。

体感することで理解が進み、人を大切にできる

私の研究対象のひとつに手話があります。実は手話は、日本語や英語と同じように文法を持つ自然言語です。手話は日本の中の外国語とも言われ、異言語間でのコミュニケーションに類似する点もあります。

外国語学部には、国内の大学の中では珍しく手話の授業があります。英語、フランス語、ドイツ語、中国語といった外国語と並んで手話が「言語」として共存しており、学生・研究者双方にとって学びの多い日本有数の素晴らしい環境です。

世の中には「聞こえない人」がいるのは分かっていて、その人たちにサポートが必要なであることも想像に難くないと思われます。しかし、実際にサポートが必要な場に遭遇した時に、さっと適切な方法を取ることができる人は少数です。知っているのにうまくできない、この「知っていること」と「実行できること」の間にはどのようなギャップがあるのでしょうか。

このギャップを埋めるために、授業内で聞こえない人のみが働いているカフェを想定し、そのカフェに聞こえる人が客役で入るという実験を行いました。聞こえない人にとって何が困難なのかを文章にまとめるとたった1〜2行かもしれませんが、それを読んで知っても、うまく実行はできません。実験を通して自分事化し、実情を体感することで、より細かいフィルターを通した世界を理解し、「知っていること」が「実行できる知」に変化します。

「知る」と「理解する」は異なります。理解することで本当に求められているものに臨機応変に対応できるようになり、さらに自ら対応したいという強い関心が持てるのです。本学の「ひとを大切にできる」「ひとと支え合える」という理念は、理解することでも実現できると考えています。

言語におけるAIや先進技術を追求し、包摂性の本質に迫る

株式会社アイシンが開発した『YYprobe』という音声文字変換アプリがあります。生成AIにより話した言葉がリアルタイムで文字になり、それを相手に見せて会話ができるツールです。もともとは、ろう者の会話サポートツールとして開発され、異言語間でのコミュニケーションにも役立つ素晴らしいアプリなのですが、現状はろう者を含め世の中には十分に広まっていません。良い技術は、それだけでは世の中に広まらないのです。技術は目覚ましく進歩していますが、良い技術を社会にどう普及させるかは、今の世の中で大きな課題なのです。

私の授業では株式会社アイシンと学生が連携しながらアプリの評価・開発を行っています。4年間かけて、さまざまな実験を通して分析・発表するだけでなく、企業の方やゲストスピーカーと学生が主体的に議論することで、まだ誰も気づいていないAIの価値や可能性、新しい使い方を掘り起こすことを期待しています。

歴史上、新技術は、それを手に入れられるほど富める人、それを使えるほど教養がある人により多くの恩恵を与えてきたため、社会全体を押し上げる反面、社会を縦に引き伸ばしてきました。この度のAIにまつわる新技術こそは、一部の人だけが恩恵を被るのではなく、すべての人々が豊かさを享受し、同じ方向を向いて進んでいけるような技術であるべきだと考えます。学生には、アプリを通して社会がどのようによりよく変化していけるのか、この技術を包括的な方向にどう活用していくかというところまで考えてほしいと思っています。

最先端技術を追求することで、AIとは異なる「人間」の存在意義や思考の価値についても考え直すことができます。きっと、自分自身のアイデンティティにも向き合えるのではないでしょうか。

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