グローバルな視座から見えてくる、ケアの役割と新たな側面

尹 芷汐 講師

国際教養学科 

2024年4月、英語圏とは異なる地域から世界を捉え、複数の言語を操り、世界を語る「外国語学部国際教養学科」が新たに誕生しました。国際教養学科で、日本近現代文学、日中比較文化、近現代女性文学などを研究する尹先生に、多文化共生社会の実現に向けたヒントを聞きました。

文学から得る普遍的価値が、多文化共生社会のエネルギーになる

日本文化が好きだった両親の影響で、私も日本映画や文学に興味を持ち、高校卒業後は日本語学部のある中国の大学に進学しました。その後来日して、日本の大学院で近現代文学の研究を始めました。今は、日本とアジア各地域の文学・文化を比較研究しながら、学生たちには他国を通して日本を知る学びを伝えています。
 
近年のグローバル社会では、国籍民族問わず対等な関係で生きる「多文化共生社会」の構築の重要性を実感しています。他者と尊重し合い、対等な関係を築くためには、まずは日本語以外の言語を身に付けること。そして日本とは違う多文化の素養を身に付けること。この2つが重要だと考えています。

アジアの各地域では、日本の文学だけでなく、映像文化や音楽、食文化など、多岐にわたって日本に関心を持っている人が多いです。なぜ日本文化は国境を超えて人々の心に響くのか。「日本文化が素晴らしいからだ」という短絡的な考えではなく、授業では一つ一つの文化を取り上げて、具体的に考察しています。例えば、1980年代の中国では日本の推理小説、推理映画がブームを巻き起こしたのですが、それは1960〜70年代の文化大革命の中国で失われた法制度や法正義の理念といったものを、読者・観客が日本の作品から見出したからです。また、いま東野圭吾の小説がアジアで広く流行しているのですが、その背景として、東野圭吾が描き続けた階級格差や児童虐待、家庭暴力、ホームレスといった問題が、新自由主義時代のアジア各地域で深刻化している状況が見えてきます。このように、文化表象を丁寧に考察していくと、言語や文化をまたいで共有できる「普遍的な価値」をその中から見出すことができ、それが新しい文化の創造へとつながっていきます。

さらに、「自分とは違う環境に生きる人」から見た「日本文化」を掘り下げることで、周りからの評価を見つめ直す力や、人間関係を構築する力が養われると期待しています。

多文化共生時代に必要とされるケアの力

ノーベル文学賞を受賞した『戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 著)』という女性目線の戦争体験の本があります。これは戦争物語にありがちな、国家や民族単位で語られる雄大な物語ではなく、一人ひとりのリアルな痛みが描かれた稀有な作品として注目を集めました。私はこの作品を通し、女性が持つ命に対する繊細な感受性、平和に対する強い要求を再認識しました。

こうした背景には、女性が家庭や職業において、育児や介護、看護など「ケア」を任される場面が多かった歴史が関係していると思います。女性ならではの視点や感性は、これからの社会でも生かしていくべき力ではないでしょうか。

多文化共生時代の今、共感力や理解力、寛容性は、どんな分野にも活用できる力です。女性から出発したケアの力は、この先ジェンダーフリーなものとして共有され、平和な国際関係の構築へと導いていく可能性を期待しています。

社会には、無意識に男性基準でつくられたものが多くありますが、女性にも適応した制度に改善することは、女性だけでなく男性やセクシャルマイノリティの方にとっても過ごしやすいと言えます。女性が社会に主体的に参画する時代において、ジェンダー意識の高い環境下で、グローバル社会における女子教育の在り方を常に探し求める姿勢自体に、大きな意味があると考えています。

文学を通じて自分を顧み、他者への想像力を蓄える

男性作家が多数だった明治から昭和前期までは「女流文学」というひとつのジャンルが存在するだけでした。しかし最近の日本文学において、女性作家の作品やセクシャルマイノリティを扱うQueer(クィア)文学がむしろ主流になりつつあります。文学というのは、その時代その時に人間が感じている「なんとなく感じているけれど、どう表現して良いのかわからないこと」を作家が言葉にして書き連ねているもの。だから、読者は文章を通じて自分の状況を説明するための表現が見つけられるのです。昨今の女性作家の活躍を考えると、今の女性が感じている息苦しさや窮屈さが表現されていることがわかります。女性たちはやっと自分たちの「言葉」を手に入れ、発信しているのです。
 
このように、近現代文学を通して自分とは異なるさまざまな人間を知ることは、人間の在り方を知ることに通じています。そして、他者との共生についても考えられるようになる。これからも、日本だけの世界ではなく多言語や多文化を意識しながら、人間に対する豊かな想像力を持つ学生を育てていきたいですね。

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