管理栄養学科:脂肪か?炭水化物か?食物を選ぶ神経メカニズムを明らかに -箕越靖彦教授が参加する研究チームー

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脂肪か?炭水化物か?食物を選ぶ神経メカニズムを明らかに

~高脂肪食と高炭水化物食の摂食は、延髄や視床下部のニューロペプチドY産生神経によって別々に調整される~

概要

私達は、通常、美味しい食事を好んで食べます。しかし、体内の栄養状態が変化すると、食事の選び方が変わることがあります。例えば、マウスは、高脂肪食が大好きですが、糖が欠乏すると、高脂肪食に加えて、高炭水化物食を選んで食べます。このような食物を選択する脳内のメカニズムはよく分かっていませんでした。今回、箕越靖彦教授、中島健一朗准教授、Rattanajearakul Nawarat (NIPSリサーチフェロー)らの研究チーム(職名はいずれも在職当時)は、マウス用いて、体内で糖が欠乏した時に、高脂肪食と高炭水化物食の摂食を別々に引き起こす神経メカニズムを明らかにしました。本研究は、生理学研究所、名古屋大学、椙山女学園大学において共同で実施されました。研究結果は、Metabolism誌(日本時間2025年10月10日)に掲載されました。

研究成果

世界中で肥満症が問題となっています。近年の多くの研究によって、総摂取カロリーを制御する脳内メカニズムは少しずつ明らかとなってきましたが、一方で、さまざまな食物の中から、何を選んで摂食するかという食物の選択に関わる脳内メカニズムは、ほとんど分かっていません。例えば、炭水化物、脂肪、蛋白質など栄養素の割合が異なる食事をどのようなメカニズムで選び、摂食するかは不明でした。

今回、研究チームは、2-デオキシ-D-グルコース(2DG) 注1をマウスに投与して一時的に糖を欠乏状態にした時に、高脂肪食と高炭水化物食のどちらを摂食するかを調べました。マウスは、高脂肪食が大好きなので、通常であれば高脂肪食を選んで食べますが、2DGを投与すると、高脂肪食に加えて高炭水化物食を食べることが分かりました。マウスは2DGによって引き起こされた糖の不足を補うために、高炭水化物食を摂食したと思われます。

このような摂食行動の神経メカニズムを調べるため、研究チームは視床下部室傍核注2にあるコルチコトロピン放出ホルモン産生神経(CRH神経) 注3のうち、AMPキナーゼ(AMPK)注4という酵素によって神経活動が調節されるCRH神経に着目。糖を欠乏状態にした時に、同神経が高炭水化物食の摂食に関与するかを、神経活動を選択的に操作して調べました。その結果、糖欠乏状態において、室傍核のAMPK制御型CRH神経が炭水化物食の摂食に関わること(図:赤矢印)、さらに、同じ室傍核に存在するメラノコルチン4型受容体発現神経(以下、MC4R神経) 注5が、高脂肪食の摂食を引き起こすこと(図:水色矢印)を発見しました。

次に研究チームは、これらのニューロンの活動がどのような神経回路を介して調節されるかを調べました。その結果、室傍核のAMPK制御型CRH神経とMC4R神経は、延髄孤束核や延髄腹外側野にあるニューロペプチドY産生神経(NPY神経)から入力を受けて、高炭水化物食と高脂肪食の摂食を促進することを明らかにしました。これに対して、同じ室傍核のMC4R神経であっても、視床下部弓状核のNPY神経から入力を受けるMC4R神経は、高脂肪食の摂食のみを選択的に引き起こすことも見出しました(図)。

以上の実験結果から、視床下部の異なる神経によって、高炭水化物食と高脂肪食の摂食が別々に調節されることが、初めて明らかとなりました。日常生活において、甘い物が欲しい時、脂っこい物が欲しい時があります。本研究は、将来、その脳内メカニズムの解明に役立つことが期待されます。
 

用語の説明

1) 2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)
細胞内に取り込まれることでグルコース(糖の一種)の利用を阻害する働きを持つ。本研究では糖欠乏状態を誘導するためにマウスのお腹に投与した。

2) 視床下部室傍核
さまざまな神経ペプチドの分泌制御や食欲の調節を行う脳部位。

3)  コルチコトロピン放出ホルモン産生神経(CRH神経)
 脳の複数の部位に存在しているが、特に視床下部室傍核に存在する神経は視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)を刺激することで糖質コルチコイドの分泌を促進すると同時に、全身のストレス応答を引き起こす。研究チームは、室傍核に存在するCRH神経のうち、AMPK制御型CRH神経が高炭水化物食の摂食に関わることを報告している(Okamoto S, et al. Cell Reports 22:706-721, 2018. doi: 10.1016/j.celrep.2017.11.10)。

4)  AMPキナーゼ(AMPK)
細胞内に存在する酵素で、細胞内のエネルギーが低下した時に活性化して、糖・脂肪の利用を促進する。視床下部ニューロンにおいて、AMPKは摂食調節に関与する (Minokoshi, et al. Nature 428:569-574, 2004. doi: 10.1038/nature02440)。

5)     メラノコルチン4型受容体(MC4R)発現神経
ヒトにおいて、メラノコルチン4型受容体は遺伝子変異や多型によって肥満を引き起こす。総摂取カロリーの調節に関与する。
 

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図:本研究のまとめ

体内で糖が欠乏すると、視床下部室傍核のAMPK制御型CRH神経が高炭水化物食の摂食を促進し、視床下部室傍核のMC4R神経が高脂肪食の摂食を促進します。また、延髄孤束核と延髄腹外側野のNPY神経がAMPK制御型CRH 神経とMC4R神経を介して高炭水化物食および高脂肪食の摂食を促進します。これに対して、視床下部弓状核のNPY神経は、AgRP (agouti-related peptide)という摂食促進ペプチドも分泌しながら、MC4R神経を介して高脂肪食の摂食のみを促進します。このように、異なる2種類の神経と様々な部位に存在するNPY神経が高脂肪食と高炭水化物の摂食を別々に調節することを初めて明らかにしました。

研究者・共同研究者情報

研究者名:Rattanajearakul Nawarat (筆頭著者)
生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門、NIPSリサーチフェロー
現研究機関・講座名:名古屋大学大学院、生命農学研究科、特任助教

研究者名:近藤邦生 
生理学研究所生殖・内分泌系発達機構研究部門、助教
現研究機関・講座名:鳥取大学、医学部、統合生理学分野、准教授

研究者名:傅欧 
生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門、NIPSリサーチフェロー
現研究機関名: Jiangnan University, Wuxi, Jiangsu, China
現所属講座名、部門名:Laboratory of Food Perception Science, Science Center for Future Foods, Assistant Professor

研究者名:岡本士毅
研究機関名:山口大学
所属講座名、部門名:山口大学、共同獣医学部、准教授

研究者名:小林憲太
研究機関名:自然科学研究機構生理学研究所
所属講座名、部門名:ウイルスベクター開発室、准教授

研究者名:中島健一朗 (責任著者)
生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門、准教授
現研究機関・講座名:名古屋大学大学院、生命農学研究科、教授

研究者名:箕越靖彦 (責任著者)
生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門、教授(現 名誉教授)
現研究機関・講座名:椙山女学園大学、生活科学部管理栄養学科、教授

科研費や補助金、助成金などの情報

本研究は文部科学省科学研究費補助金(20H03736、23H02965、23K21182)、JSTさきがけ(JPMJPR21S8)の研究助成を受けて行われました。

論文情報

Title: Glucoprivation-induced nutrient preference relies on distinct NPY neurons that project to the paraventricular nucleus of the hypothalamus.
Authors: Nawarat Rattanajearakul, Kunio Kondoha, Ou Fu, Shiki Okamoto, Kenta Kobayashi, Ken-ichiro Nakajima*, and Yasuhiko Minokoshi* (*共責任著者)
Journal: Metabolism
Issue: 156415. Date: 2025年10月10日
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0026049525002847?via%3Dihub
DOI: doi: 10.1016/j.metabol.2025.156415.