𣘺本研究室×シンニチ工業株式会社
オフィスリノベーションを、構想から施工まで。学生と企業の協働がもたらす双方の学びとは?

生活科学部 生活環境デザイン学科

産学連携による実践プロジェクトは、デザインを学ぶ学生にとって、自ら考えたものを実際に形にする貴重な機会。学生との協働は企業にとっても新たな気づきや変化をもたらします。
𣘺本研究室は、愛知県豊川市を拠点とするパイプメーカー「シンニチ工業株式会社」と協働してオフィスリノベーションを行っています。実践プロジェクトの舞台となったシンニチ工業のオフィスを訪ね、𣘺本准教授、プロジェクトを担当した研究室の卒業生、3年生そしてシンニチ工業の木下社長にお話を伺いました。

記事に登場する人 (※取材時:2024年9月)

生活科学部生活環境デザイン学科 𣘺本雅好 准教授

清水栞さん(2024年3月卒)

渡部華音さん(3年生)

シンニチ工業株式会社 代表取締役社長 木下雄輔 氏

学生と社会との接点が、イノベーションを育む

— 𣘺本研究室ではどんな研究活動をしているのか教えてください。

𣘺本 私たちの研究室では、人の心理・感性とデザインとの関連性を考えることをテーマに、ものづくりやコトづくりを行っています。また、企業や自治体、専門家と連携しながら実社会を舞台に進める実践プロジェクトにも力を入れています。私自身が教える分野はインテリアやプロダクトのデザインですが、研究室では建築の設計やアート作品の制作も含めた幅広いジャンルに取り組んでいます。

— 特に実践プロジェクトを積極的に行っているそうですね。

𣘺本 学生が持っている感性や感覚と、社会をつなぐと、今までにないような斬新なアイデアが生まれます。だから、学生が社会と関わるきっかけ作りを積極的に進め、できるだけ学生が考えたことを実社会に反映できるようなプロジェクトを増やしていきたいと考えています。在学中から、社会との接点を多く持つことは、学生が自分の将来像を描くための助けにもなります。

— 清水さんと渡部さんは、どんなところに魅力を感じて𣘺本研究室を選びましたか?

清水 もともと空間の内装に興味があったので、インテリアや内装を学べる研究室を探していました。そんな時に𣘺本研究室が学生向けマンションの内装デザインを手がけた事例を知り、私もこんなことができたらいいなと思ってこの研究室に入りました。
 
 
渡部 私は絵を描くことや模型制作など、ものづくり全般に興味があります。実践プロジェクトを数多く行っている𣘺本研究室なら、アイデアを実際に形にするところまで一貫して携われると思い、魅力を感じました。

— 2人とも実践プロジェクトに関心があって研究室を選んだのですね。𣘺本研究室とシンニチ工業とのプロジェクトはどのような経緯で始まったのでしょうか。

木下 私も清水さんと同じで、𣘺本研究室が手がけた学生向けマンションの事例を見たことがきっかけでした。より働きやすい職場環境づくりのために、オフィスや食堂のリノベーションを検討していたところ、この事例が紹介されている記事を読んで興味を持ち、大学に問い合わせました。

— なぜ学生とコラボレーションしたいと思ったのですか?

木下 ただリノベーションをするのではなく、「もっと新しい取り組みに挑戦していこう」という社内外へのメッセージも込めたプロジェクトにしたかったからです。もちろん従来通り、工務店に直接依頼する選択肢もありましたが、𣘺本研究室とのコラボレーションを通じて、「学生さんがこれだけ自由に挑戦できるんだから、自分たちももっと自由でいいんだ」と、社員の皆さんにとっても良い刺激になればと考えました。弊社が新たに刷新した企業理念に掲げる「挑戦・協奏・追求・貢献・誠実」にも合致する取り組みです。また、自分たちのアイデアを形にする実践の場を求めている学生さんにとっても、失敗してもいいから思い切ってチャレンジできるような、実験として活用いただければ、と考えました。

— さまざまな企業と連携している𣘺本研究室ですが、ここまで言ってくださることはなかなかないのでは?

𣘺本 そうですね。最初はびっくりしました(笑)。「失敗してもいい」と学生にも言ってくれたので。これまでに行ってきたプロジェクトのなかには、企画・提案だけで終わってしまうケースもあったので、施工まで必ず行うことを木下社長と最初に約束して、プロジェクトのスタートを切りました。学生も最後まで責任を持って取り組めるよう、研究室全体で取り組むのではなく担当の学生を決めて、卒業研究という形にしました。

— シンニチ工業としては、このプロジェクトにどんなことを期待していましたか?

木下 このプロジェクトを発端として、産学連携がさらに広がっていけばという思いがありました。𣘺本研究室と弊社との取り組みを知った他の企業が興味を持つきっかけになれば、大学にとってプラスになるし、私たちにとっても今後の仕事や新たなコラボレーションに発展する可能性がある。そんなふうに次につながる共創の事例として形にできればいいなと思っています。同時に、学生さんの自由な発想でできた働きやすい職場環境が、社員の皆さんのモチベーションの向上や、採用力の強化につながることも期待しておりました。

トライアンドエラーを経て、次への一歩に

— 𣘺本研究室とシンニチ工業がこれまで行ってきたプロジェクトについて教えてください。

𣘺本 2022年度にスタートした第1弾のプロジェクトでは、本社工場の休憩スペースと、第2工場の事務所スペースを、2023年度に行った第2弾では食堂をリノベーションしました。設計やデザインは学生が行い、シンニチ工業の社員の方たちや地元の工務店と連携しながら、プロジェクトを完成させることができました。

— 清水さんは第2弾のプロジェクトを担当したんですよね。

清水 はい。3年生のときから、1つ上の先輩が進めていた第1弾の現場を手伝い、第2弾は私と同級生の2名で担当しました。2週間に1回ほどのペースで、社員の皆さんとのミーティングを行い、ヒアリング・提案・修正といったやり取りを重ねていきました。シンニチ工業さんから「食堂という使い方に縛られず、使う場面や人によって多様な使い方ができる空間にしたい」との要望を伺って、最終的には「さまざまな使い方をもつ —ポリバレントルーム—」というコンセプトで提案しました。

— 「ポリバレントルーム」というのは?

清水 「ポリバレント」とは、サッカーで複数のポジションをこなせる選手のことです。食堂だけでなく、パイプの新たな可能性を伝えるショールーム、数人の打合せから大人数での会議まで対応できるミーティングルーム、自由に席を選んで仕事ができるワークルーム、休憩時間に使えるリフレッシュルームなど、多様な使い方ができる場を目指して「ポリバレントルーム」と名付けました。

— ショールームも兼ねているから、あちこちにパイプが使われているのですね。

清水 はい。シンニチ工業さんの廃棄してしまうパイプの端材を使って、テーブル、ランプシェード、ペン立て、間仕切りといったプロダクトを制作しました。パイプだけでなく、テーブルの天板には津田硝子さんが取り組んでいる廃ガラスプロジェクトとの協働として廃ガラスを、カウンターには岡崎製材さんとの協働で木材端材を使用しています。地元企業と協働して、端材・廃材の新たな可能性を見出すことを目指しました。
 
 
木下 複数の企業を巻き込んで一緒にできればと、弊社とお付き合いのある企業をご紹介しました。素材選びなどは学生さんが各社を訪問して相談しながら進めてくれました。

— 多くの人たちと協働してプロジェクトが進んでいったのですね。実践プロジェクトを経験してみて、どんな学びがありましたか?

清水 最初はビジネスメールの書き方さえわからなくて戸惑いましたが、企業の方たちと連携しながらプロジェクトを進めていくなかで、普段の学びと実社会での仕事のつながりを実感することができました。工務店の方とのやり取りでも、例えばカウンターの取り付け方や、コンセントの位置など、「実際に施工するにはここまで考えないといけないのか」とたくさんの気づきがあり、学生のうちから貴重な経験をさせてもらえたなと感じています。

— 特に大変だったことは?

清水 大変なことはたくさんありましたが、テーブルの制作には特に苦労しました。デザイン性だけでなく、構造や機能の面も考える必要があるので、そのバランスが難しかったです。最初の案ではうまくいかず、もう一度ゼロから考え直しました。
 
 
木下 トライアンドエラーで、何度でもやり直せばいいし、むしろ学生のうちに失敗しておいたほうがいいと思っています。実際に、今後社会に出た時にどんなことに気をつけながら進めていくべきなのか、実体験に基づいて考えられると思いますし。

— シンニチ工業さんはプロジェクトを振り返ってみていかがですか?

木下 学生にのびのびと自由に考えてもらったら、こんなに素晴らしいものができるのかと、感動しましたね。私たちの想像を遥かに超えるものになりました。工務店とのやり取りも、清水さんたちが主導権を持って進めてくれていたのが印象的で、椙山女学園大学の学生さんはしっかりとした個性と社会性を持ちあわせているなと感じました。学生と協働することで、社員の皆さんにとっても大きな刺激になったでしょうし、より働きやすい環境が整備されて満足度は高まっていると感じます。来社されるお客様からもお褒めの言葉をいただき、弊社の自慢の空間になっています。

学生が主役になり、チャレンジできる環境を

— プロジェクトの今後の展開についてはどのように考えていますか?

𣘺本 学生たちには、大学で学ぶだけではなく、自分で考えて形にする経験をしてほしいので、こういった実践プロジェクトはとても意義があると思っています。今後もシンニチ工業さんの要望をヒアリングしつつ、学生の関心とマッチするものを次のプロジェクトとして進めていきたいですね。
 
 
木下 あくまで主役は学生ですから、学生の皆さんが興味のあることを一緒にできればと思っています。何も挑戦しなければ、何も起こりません。失敗を恐れて前に踏み出せないより、自由な発想で楽しみながら取り組んだ方が、最終的にも素晴らしい結果につながるものと思います。そして、今後は弊社だけでなく、より多くの企業を巻き込んで共創の輪を広げていきたいですね。実践の機会が増えることで、学生さんが挑戦のフィールドを選べるようになればいいなと思います。

— 清水さんはこのプロジェクトでの経験をどのように将来に生かしていきたいですか?

清水 私は今、住宅メーカーでインテリアコーディネーターとして働いています。研究室での経験が本当に仕事に直結していますね。プロジェクトが形になったときはやはり感動しましたし、この経験があったからこそ今があると思っています。まだ入社1年目でアシスタントの立場ですが、いつかお客さまの家をコーディネートして喜んでいただくのが目標です。

— 渡部さんはこれから研究活動が本格的に始まりますが、やってみたいことのイメージは膨らみましたか?

渡部 先輩たちが考えたアイデアが実際に形になった現場を、今回初めて目の当たりにして、より興味が湧きました。私も自分で考えて形にして、達成感を味わえたらいいなと思います。 

— 最後に、𣘺本先生から学生や高校生の皆さんにメッセージをお願いします。

𣘺本 自分の可能性を狭めずに、いろんなことにチャレンジしてほしいですね。大学にはさまざまな専門的な学びがありますが、たとえ専門分野が違っても、考えてみるとどこかでつながりが見つかることもあります。𣘺本研究室には、インテリア、プロダクトのデザイン、建築、アート、コトづくりなど幅広い分野に取り組める環境が整っていますので、チャレンジしようという意欲のある人にぜひ飛び込んでほしいなと思います。